2019年8月21日水曜日

ノーモア原爆 映画「ひろしま」

先日、NHKのEテレで深夜に放映された「ひろしま」という映画を観た。静かな日常生活を送っていた人たちの頭上に突然、得体の知れない眩い閃光を放つ塊がが落ちてきた。平和な街は地獄に一変する。うず高く積まれた死体の山。マイケル・ジャクソンのスリラーに出てくるゾンビのように皮膚が爛れ、肉が削げ落ちた無数の人々の集団が呻き声をあげて足を引きずりながら廃墟となった街を歩く。

ナチスの脅威に備えてマンハッタン計画を始めたのに、なぜ、ドイツではなく日本に原爆を落としたのか。黄色人種に対する人種差別が根底にあったというタブーも、映画の中ではっきり語られていた。この原発の開発のために世界中から集められたノーベル賞級の科学者の中に、この愚行を止めようとしたものはいなかったのか。人類の希望、平和と進歩を目指して発展してきた科学とは何だったのか。

唯一の被爆国の日本が、なぜ、核兵器禁止条約に反対票を投じているのか、原爆の平和利用という偽善で開発された原発をなぜ止めないのか、放射能汚染を安易に風評被害で片付けてしまっているのか、この無神経さに憤りを感じる。今度、世界大戦が起これば必ず核を使う。人類最大の汚点である原爆は絶対悪。私は、戦争体験はないが、戦争は何があっても絶対に容認しない。

原爆が落ちて傷の癒えない7年後に、人類始まって以来の愚行の記録を残してくれたことに感謝する。この映画は、人類全体の財産。デジタルリマスターの技術でカラー化して、戦争を絶対に起こさないために、世界中の戦争を知らない子どもたち、大人たちに観てもらいたい。

2019年7月12日金曜日

4台玉突き衝突事故現場からの報告

<4台玉突き衝突事故現場からの報告>2001-04-01 特派員 祐二之田仲(南柏在住)

 



それは、2001年4月1日の日曜日の夕刻であった。奇しくも今日はエープリル・フール。しかし、これは、まぎれもない実話である。

昼から夜に差し掛かる夕刻は一番危ない時間帯である。事故発生率が最も高い。その日は、新東京サーキットまでカートのメンテに行った帰路であった。 もう、自宅まで20~30分という場所であった。

国道16号の北千葉インター付近は渋滞してたので、それを回避するため、並行する県道を走っていていた。 四街道市内である。現場付近は全くの直線で数キロは続いている。 上下2車線で極めて見通りは良好な場所である。 信号機も少なく、ポツリポツリとガソリンスタンドやパチンコ店が道端にある程度で、ふだんは混雑しない道である。ツーツーと自然に流れている。

しかし、この日に限って、いつも流れている場所で何故か10台ぐらい車が止まっていた。 たぶん、前方で右折する車があり対向車が途切れるまで待っていて、その為の一時的渋滞と思った。遙か前方なので確認できない。これが、いつも流れている場所が渋滞している原因なのであろうと推測した。この渋滞の最後尾について自分の車は完全に止まった。続いて、自分の後続車も順に止まっていった。

すると、いきなり後方で衝撃音と悲鳴のような叫びが聞こえた。とっさにルームミラー後方を見ると、ミラーの中に見えていた数m離れていた後続車のパルサーが、みるみる大きくなるではないか。 まるで、連続ズームの効くSF映画の特撮に使われているシュノーケル・カメラで撮影した映像を見てるようにアッという間にルームミラーのレンジ一杯になって迫って来た。車間があるので、大丈夫と判断していたが、次の瞬間、ドーーーーン と大きなショックを受けた。

衝突事故の瞬間を目で確認できたレアーなケースであった。大きな音、背後車のズームアップ、追突というプロセスから判断して、玉突き衝突であることは、車中でうずくまりながら解った。

ショックで一時的にじっとしていたが、しばらくしてエンジンを切り、停車処置をして、すぐに車から出て事故処理を始めた。自分の身体は、とりあえず現時点では異常がないのを確かめると、後方の状況を確認する余裕がでてきた。

車外に出ると、すでに後続車とその後の車の運転手が口喧嘩を始めていた。条件反射的な素速い行動である。 お互いに、20歳過ぎの若い人である。

「コノヤローどうしてくれんだー・・・」


わりと常套句での喧嘩である。でも、この惨状を見たら、激怒、興奮、逆上してもしょうがない。 しかし、私の直後の車の、更に後の車の運転手は

「俺じゃない。 後を見てくれ。 俺達もやられた」

と、後ろを振り返る。更に後方に行くとと、加害者とその車があった。加害者を入れて4台の玉突き衝突であった。 被害状況を解説すると、前から言うと、私の車Yは、 後部のみ損傷、変形。2台目のパルサーは前後損傷。3台目のクラウンも前後損傷。 当然、トランクの損傷は酷い。4台目のクレスタ。これが加害車だが前部が極度に損傷していた。

加害者の運転手は歩道にポツンと立って、迫り来る有闇に途方に暮れている。後ろの車の二人の喧嘩は中断する。 どっちも、被害者だから。 しかし、当事者たちは、まだ興奮している。 後ろの運転手に、「ケガはないか?」と聞くと、首をふりふり、「ちょっと痛い」と言う。「ところで、だれか警察に電話してるか」と、声をかけると、加害者の運転手は、「携帯電話が行方不明で、困った」という。

ということで、後ろの2台目の運転手が自分の携帯で110番した。 ここまで、事後処理が進んでいるのを確認して私は車に戻り、デジカメを手にした。 まだ、現場が保持されている内に、4台の車の各々のその前後部をメモリに納めた。 これを見た、加害者の運転手は、「どうぞ撮ってください。かまわず撮ってください」と、なかば投げやり気味に止めようとはしない。

加害者の車まで撮り終えると、加害者の運転手が免許証を自ら 指し出した。 もう、観念したかの様な様子である。 で、これもデジカメのモードをマクロ(接写)に切り換えてメモリに納める。 後で、メモリ転送エラーの可能性もあるので、念のために手書きでも書き留めた。 続けて、自動車任意保険の緊急カードも提示してきたので、これもデジカメで撮った。

加害者は携帯電話がないので保険会社、勤務先に連絡できないと困っている。 しょうがないので、自分の携帯を貸してやった。まったく、何から何まで手のかかる加害者である。 準備万端で事故を起して欲しい。

通行中の一般車は前後で、大渋滞である。二車線県道の片方が修羅場で塞がっているので、長蛇の渋滞である。しかも、4台が不動状態なので約30mぐらいが一方通行区間に化している。そうこうしてると、通りがかりの一般車の運転手が、急に怒号で、「じゃまだから、はやく片付けやがれ!」と、青すじ立てて怒鳴る。

事故に巻き込まれた3台目の運転手が、とりあえず謝るので、ブツブツ言いながら怒号運転手は徐行しながら去ろうとした。 が、対向から来た車と接触しそうになった。 その対向車に今度は「お前は待ってろ」と怒鳴る。 受けた、対向の運転手は、「なんだとー」と、やり返す。 両者出てきて、とっくみ合いの寸前。

怒号運転手の助手席ではその奥方が、「あなた、止めて」と、泣き叫ぶ。 の対向車の助手席では、子型犬が吠えまくり御主人を援護する。

「このやろー、テメー、あなたア止めてえー、ワンワン・・・(以下リピート)」

大騒動の地獄絵図が現場の横で始まった。事故に巻き込まれた3台目の運転手とその助手席の同僚が喧嘩を抑えに入ったので、挙げた拳は夕焼けを受けて天空で止まっている。言葉は迫真の迫力であるが、そう簡単に手は出ないこの国の国民性が如実にでている。

私も仲介と思ったが、リングのゴングは鳴ってないので、格闘前の睨み合いのままにしておいた。そこへ、やっと御巡さんが到着。 原付を止めて、現場処置より先に喧嘩の停止作業に着手した。 さすが、制服の権威で、喧嘩は徐々におさまる。これ以上の格闘騒ぎは起きてはまずいので、事故に巻き込まれた3台目の運転手、同僚両者が、交通整理を始める。なかなか、献身的な若者である。 さっきは、要らぬ謝罪までしている。

御巡さんは、喧嘩の沈静化を達成すると、現場を把握し携帯無線で本署と119番に電話し、交通事故部隊と救急車を手配した。 まもなく、救急車、消防車、事故検分の警察車が順に到着した。 事故に巻き込まれた後ろの運転手は立ってはいられるが、大事をとって救急車に乗りこむ。 周囲の人間が事故に巻き込まれた3台目の運転手、同乗者に病院を促すが、両名とも、それに及ばずといって乗りこまなかった。 やっぱ、大きい車は頑丈か。自分も、今は症状の自覚ないといって現場に残って、ピーポーピーポーを見送る。

これで、スタッフはそろい最も緊急性のある救急処置も済んだので、皆で車を寄せる作業が始まる。 寄せる前には御巡さんがチョークで、現状の車位置にマーキングを施した。 ラジエターの液が垂れてる車もあるが、寄せろと言う。エンジン焼けないかと忠告したが、御巡さん曰く、「数十秒の間だから大丈夫」


事故に巻き込まれた3台目運転手、加害者は、そばの空き地へ退避する。 私と事故に巻き込まれた後ろの運転手は、歩道に乗り上げた。消防車は、車から漏れてる路上の液体の処理を始めた。 自分の所見では、加害者のラジエータ液だけで、油脂類の漏洩はないと思ったが、レスキュー部隊はなにやら白い粉を巻き、ホウキで飛散したガラス粉砕を掃除してる。それに前後して、何やら葬儀屋みたいな雰囲気の作業者がそばに立っている。失礼なことを言って失礼。
それは、レッカー移動の業者の方であった。吊り上げる車の大きさ、形状を見積もっている。 まるで、棺桶を作る際の、体格、長さを調べる仕草の様な感じがした。 だって、動けない車って、死んだも同然ですよね。

現場検証が始まる。 もう、ほとんど暗くなっている。まず、現場で各運転手と交通課警官が立ちあい、路上で検証を始める。最後は自分であった。 これって、取り調べの順序があるのか不明。その後は、個別に個人情報の聞き取りが始まる。 免許証、車検証、強制保険証書、と勤務先、連絡先、今の車の利用目的等を聞く。 この頃は、すっかり夜で寒い。加害車運転者は、One-Boxの警察車の中に拘束されて延々と調べられている。そのルーフには、”事故”って派手なネオンサインが輝いている。よく、事故が有るとお目にかかる、あの事故処理の警察車である。今は、その事故の当事者である。 がっくりしてしまう。車を愛する自分だけに、このように自他の多くの車を壊すなんて、絶対に許せない行為である。みなさん、車の運転はくれぐれも注意しましょう。(T+N+K)a

2019年7月10日水曜日

南柏駅で高齢者が運転するレクサスが暴走

【特派員 祐二之田仲(南柏在住)】
2019年7月9日夜9時ごろ、南柏駅に電車降りてホーム歩いてると、
『グァーン、ガラガラン、ガガーン』という音。が、駅前ロータリーからは離れてるのか、ホームでは見えない。

改札出て、駅前横断歩道を渡ってると、すぐそばには、異様な光景!

駅前の人通りの多い歩道に、レクサスが突っ込んでいた。幸いにも倒れてる人はいない。

撮影しながら、運転手夫婦の会話を聞いてると、

奥様「あなたっ、アクセルとブレーキ、”また”踏み間違えたの?」
高齢運転者「・・・・・・」いつまでも無言。
奥様「ほんと、歩道に人がいたら大変な事になってたのよ、解ってるの!」
高齢運転者「・・・・・・」いつまでも無言。
奥様「あそこに停めていればいいのに、なんでクルマを動かしたの? 」
高齢運転者「・・・・・・」いつまでも無言。
警官が来るまで、何度もこの会話を繰り返されるが、旦那の返答なし。

「いやそんな事はない」とかの否定、「すまん、運転過った」とかの肯定もない。つまり会話になってない。というか、会話が出来てない。

で、表情は、
慌ててる、ガッカリしてる、ショック状態でもなく、無表情、無感動、無関心の状態。
事故で呆然として、会話できないという表情でもない。

高齢運転者は、
自分のクルマの回りをうろうろするだけで、運転席から財布をとったり、どうでもいいことしてるばかりしている。

ぶつけた被害車運転手と会話したり、ケガや被害の確認、突っ込んだ店の店員への謝罪の会話、路上に飛び散った鋭利な破片の処置などの行動すら出来ていない。運転車として当然の、最低限の救護活動、事故処理が出来ていない。無意味にうろうろするだけ。

(警察への通報は奥様がしていた)

まるで、『私のクルマが、何故かこんなとこにいる? 』と不思議がってる挙動と表情である。

たぶん、ペダルを踏んだ記憶もないし、クルマを動かした動機もないのだろう。すべて、意識下になかった。運転事故を起こした自覚もない。そもそも、事故の認識も認知もないのだろう。

典型的な認知症の症状と思われる。

あの歩道を守るポールはかなり頑強な設計のものである。それを、大馬力で高剛性車体のレクサスで、へし折ってしまって、店の柱にぶつかるまで暴走してる。堅い防護のある歩道でも、危険である。危険人物に凶器。もはや、安全なところは日本にはない。

それに、奥様の”また”と言ったのが、恐怖である。2分早く突っ込んできていたら、5m手前にある横断歩道で轢かれていたのは、私だったかもしれない。怖い社会である。(T+N+K)a



2019年3月24日日曜日

薬物事犯者の処遇について

金沢区の2019年3月12日時点の保護観察事案は48件(少年28件)、その中で薬物依存は8件。環境調整事案は、37件(少年4件)、薬物依存は8件。金沢区の保護司は30名で足りていない。

全国の受刑者数は、2008年3万人、2017年2万人と過去10年で、受刑者数は1万人も減っているが薬物依存は、6千人をキープしており、薬物事犯者の割合は、2008年の21パーセントから2017年は28パーセントと上昇している。刑務所出所者の5割は5年後に再入所している。薬物は、どこでも手に入る。ネット以外に売人はたくさんいる。横須賀のどぶ板通りなどには、売人が多い。

・1号観察:少年審判で保護処分とされた少年(保護観察処分少年)
・2号観察: 少年院から仮退院された人(少年院仮退院者)
・3号観察: 仮釈放された人(仮釈放者)
・4号観察:刑事裁判で保護観察付き執行猶予になった人(保護観察付執行猶予者)

■ 薬物を使用したくなる状況 HALT(ハルト)
・Hungry(腹が減っている)
・Happy(うまく行っている)
・Angry(怒っている)
・Lonely(孤独である)
・Tired(疲れている)

■ 薬物を使う理由
・仕事がきつい。徹夜仕事を乗り切りたい
・受験勉強で頭をすっきりさせたい
・風邪の症状を緩和させたい
・結局、依存症って、人に依存できない病気

■ 薬物依存者の特徴
・自己評価が低い
・人を信じられない
・本音が言えない(いつでも大丈夫という)
・不安が強い
・孤独で寂しい
・自分を大切にできない
※本人の言葉を鵜呑みにしてはならない
・薬物依存は、犯罪でもあるが、脳の病気なので病院で治療しないと、なかなか治らない。
・捕まった時に、捕まえてくれて、ありがとうという人が多い
・依存症は刑務所に入るだけでは治らない
・ポルトガルは、軽い薬物使用は非犯罪化

■ 面接時の注意
・信頼関係を作る
・正直に話をしたことを評価する
・「使用したい」は本人の問題解決の当然の帰結、行ってくれたことに、信頼関係ができたと評価する
・できないことを責めるのでなく、できたことを褒める
・支援者である我々が本人の努力を見ていることを伝える
・本人の努力を評価する

■ 専門医師からのアドバイス
・薬物依存症は、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること
・相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること
・友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要である
・「犯罪からの更生」というのでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱う
・薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること
・依存症の危険性、回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介する
・依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっている
・「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと
・薬物への興味を煽る(あおる)結果になるような報道を行わないこと
・「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定する表現は用いないこと
・薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
・逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
・「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
・ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
・「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
・家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと

2010年2月25日木曜日

パタゴニアン100ヵ条

パタゴニアン100ヵ条
HOW TO BREAK THE RULE. A to Z:遊ばざる者、働くべからず
(エスクァイア日本版1998年10月)

1.ルールは盲目的に従うものではなく、自分たちで創るものである。
2.過ぎ去りし時代の栄光、成功をひきずらない。
3.夢中になり悪戦苦闘することが仕事であり、それは決して苦労ではない。
4.我を忘れることが遊びである。
5.何事も閃いたり、思ったら、まずアクションをひとりでも起こす。
6.お金のかからない自分なりの贅沢を知っている。
7.ムダな生活用品よりも趣味に関するモノの方が家に多い。
8.業界づきあいは必要最低限にとどめる。
9.神出鬼没。
10.単純なくりかえしの作業に神経を集中することが出来る。
11.神は決して人の姿をしていないと思う。
12.利害関係ではない人間関係に恵まれている。
13.プロの物書きではないが文章を書くのは好きである。
14.投機的なることにはいっさい興味がない。
15.寝食忘れて物事を追求してしまう。
16.太陽系の中のひとつの惑星に自分は生きていると感じることがあり、神秘を知る。
17.生きることはユーモラスなことだと笑うときもある。
18.ハードなときでも人生や仕事を楽しむコツを知っている。
19.大人の常識よりも子供の奔放さに本来の姿を見る。そして感心する。
20.生活習慣のひとつに日記やスケッチがある。
21.インスピレーションやテレパシーに満ちた生活を送っている。
22.およそ営利目的だけで作られた新製品には興味がない。
23.名コックの料理もいいが、山の上で渇きを潤おす一個の果実の至上の美味を愛す。
24.美術館の中の高価な美より日常生活の中に在るさりげない美を愛す。
25.人は誰しもがアーティストだし、そうあるべきだ。
26.クリエイティブな作業に没頭しているときに生きる悦びさえ感じる。
27.歩いて行ける所ならば、車には乗らない。
28.子供の頃から好きで、ずっとやりつづけていることがある。それがあるから自分だと思う。
29.モノの名称よりも、自然に関する名称をよく知っている。
30.動物との共生感が人には絶対に必要な感覚であると信じている。動物は魂の友である。
31.山や海は聖書以上の偉大なるバイブルであると感じたことがある。
32.喜びや富は多くの人と共有すべきものである。
33.悲しみは自分だけのうちにひっそりと秘め大事にすべきもののひとつである。
34.文明ということでいえば、先進国より未開社会に真価をみる。
35.マス・メディアを信用しない。観ない、読まない。
36.都市での流行現象に無関心のうえ、他人を意識したファッションを着ない。
37.どんな問題も頭で解決するものではなく手と足を使い解決する。
38.過ち、失敗からは逃げず真剣に取り組む。
39.手になじんだ道具を使い、創造する趣味がある。
40.コレクターではないが、愛着のあるモノがたくさんあり、大事にとってある。
41.50歳を過ぎてから信念と確信に満ちた仕事をはじめる。
42.生涯一職人的なスピリットを持った自由人であろうとする。
43.人は誰しも何らかの使命を持って生きるべきだと思い、それを実践している。
44.仲間たちとの仕事、遊びであれば思い切りエンジョイできる。
45.原点が何であるかを知り、そこに戻らず、よりよい方向へと前進する。
46.人と能力を競いあうことよりも高めあうことに興味がある。
47.いくつになっても自然に対する驚きを忘れない。
48.ネクタイ、スーツが仕事着だとは思わない。働きやすいスタイルが一番。
49.テキパキと仕事をこなしてしまったら、勤務時間中でもあとは勝手。
50.知的な好奇心と体のはたらきがひとつである。
51.人と人との出会いからすべてがはじまり、そこに未来が開かれていった。
52.誰も歩まなかった道を先人たちの残した英知をムダにせずに歩む。
53.組織はシステムではなく個人が解放されるサークルであるべきだ。
54.何よりも自己の健康の管理が大切である。と同時にメンタリティの自己コントロールも。
55.フラストレーションを決して他者にぶつけない。
56.音楽の響きの奥に感情の源を知る。
57.エゴがある限り、それをのぞむ限り、人は何も得ることができない。
58.町内の人々と親しく長いつきあいがある。街にも通じている。
59.酒場で決して社会、会社、家庭の自慢や愚痴をいわない。
60.よきライバルである親友たちに恵まれている。仕事でも遊びでも。
61.超自然、非科学的世界におけるフォースを信じる。強い関心があり、調べたりもする。
62.何事も決断が早い。
63.体験したことのないことを知ったかぶりをして批判的に語らない。
64.年少者であれ年輩者であれ年の差を超えて、よき人生の友となれる。
65.道具とは社会の中のルールではなく、地球そのものに対する愛であると思う。
66.前例のないことでも、正しいと思えばやってしまう。
67.他人の意見を尊重するが、自分の意見は曲げない。
68.大自然を前に神を感じたことがある。
69.飛行機では行くことのできない旅先に憧れ、何度も実際に行ったことがある。
70.心の通った握手のやり方を心得ている。
71.天体に関する忘れ難き思い出がある。
72.旅行以外のときは手ぶらで暮らすのが性に合っている。
73.昼と夜の過ごし方のメリハリがハッキリしている。
74.いくつになっても、たえず何か学ぼうとする。
75.鍵の数だけ人は不幸であり、賞なるものも、その鍵と同じである。
76.シンプルな生活ほど人の強さをあらわしている。
77.テレビを観ることは、ほんの気晴らしである。観ないにこしたことはない。
78.家族内での断絶はない。
79.自分独自の人生経験にのっとった暦がある。
80.ひとり暮らしの不自由さは感じない。
81.休日に退屈をおぼえることはない。気の向くままに行動している。
82.カルチャー・ショックにより自分自身を強くすることができる。
83.いつも太陽と月が気になる。
84.計算よりも偶然のなりゆきに事の本質があることを知る。
85.自分が心安らげる場所が何処かよく知っている。
86.盛り場よりも"外れ"のちっぽけな町を愛する。
87.マネー・ゲームのために結束し、抗争はしない。そんなゲームからはおりる。
88.古き佳き時代の音楽やアート・オブ・リヴィング、詩、人を愛する。
89.女子供という見方、扱い方をしたことがない。男ならば。
90.他人のプライバシーをのぞきみしたり、干渉したりするようなことも、気もない。
91.肩書きで相手をみない、そんなものに惑わされない。
92.東洋的、日本的な文化や精神世界への関心がある。
93.何であれ、他人をうらやましいと思ったことがない。
94.どんなに忙しくても、本を読む時間はつくる。
95.遊び友だちとの笑いに満ちた長く自然のつきあいがある。
96.ネイティブ・ピープル、カルチャーに尊敬の念を抱く。
97.臨機応変の生き方をしている。
98.それを欲しているうちには、それは本当に手に入らないことを知っている。
99.海と山で、この地球のことを学び、街で、人生のことを学んだ。
100.はじまりは終わり、終わりははじまり…であると知る。

「宇宙論から見た人類の由来」

   2004年定期総会 (記念講演レジュメ)

       演題  :  「宇宙論から見た人類の由来」
                                           講師  広瀬立成 氏


  
          『宇宙論から見た人間の由来:我々はどこから来てどこへ行くのか』
                                              平成16年5月14日

1 はじめに
 現代物理学は、宇宙が今から140億年前に大爆発とともに発生し、その後膨張を続けながら進化してきたことを明らかにしています。このような進化宇宙論の立場に立って、地球の誕生、生命の発生を振り返えったとき、地球が生命の星として存在してきた天文学的原因が明らかなになります。生物の存続の基本的条件は物質・エネルギーの「循環」であり、それを保証するために、生物界は多様性と共生のシステムを創造してきました。
 生物進化の頂点に立つ人間は、知性と欲望の赴くまま、20世紀において科学技術を画期的に発展させました。それは、人間生活に利便性をもたらす一方、宇宙?地球?生物系の循環ルートに重大な影響を及ぼすことになりました。
 この講演では、地球の誕生、生命の発生と生物生存の条件を探りつつ、地球の未来と人類の行方について考えてみたいと思います。

2 宇宙の開闢と地球の誕生
 今から140億年前、宇宙は微少な火の玉として誕生しました。そこでは、今日の宇宙に存在するあらゆる物質が、微少な空間に閉じ込められていました。今日の宇宙は光で走っても140億年もかかる広大な世界(140億光年)であり、その中に無数の星々が浮かんでいます。もちろん開闢時代の小さな宇宙では、これらの物質は原形を留めることはできず、物質の要素としての素粒子に分解されていました。このように、初期の宇宙は素粒子が詰まった世界であり、したがって、その理解には原子・分子や素粒子など、物理学が明らかにしてきたミクロの世界の知見が必要になるわけです。物質を作っているのは陽子、中性子、電子という3種の素粒子です。宇宙開闢初めの1秒くらいまでは、これらの素粒子が、約1兆度という高温で小さな宇宙の中を飛び回っていました。
 さて、宇宙の膨張によって温度が低下するにつれ、素粒子の雲のなかに少しずつ構造が作られてきました。たとえば、簡単な元素、水素(陽子と電子)やヘリウム(陽子2個と中性子2個)などは、初めの数分間で作られました。その後、数億年の間には、これらの元素がたがいに重力をおよぼしながら収縮し、星の集団(銀河と呼びます)が形成されます。重要なことは、初期の星には今日地球上で見る重い元素、例えば生体を作っている炭素、酸素、窒素などが存在しなかったということです。重い元素は、星の生と死のくり返しによって作られたのです。幸いなことに、わが太陽系は、宇宙開闢約95億年たったところで誕生しました。そして、地球は、それ以前に星々が製造した重元素を取り込むことに成功し、生命発生への第一の関門を突破しました。

3 宇宙に浮かぶオアシス、地球
 45億年前、わが太陽系が創造され、数億年後、その惑星の一つ地球上に生命が発生しました。最近の宇宙探査機によって、かって火星にも水があったことが明らかになり、生物が存在したのではないかということが話題になっております。しかし、45億年という太陽系の長い歴史の中でいつも水が存在しえたのは地球だけです。地球は宇宙に浮かぶオアシスなのです。水が生命にとって欠くことのできないものであるとするならば、今日生命が存在できる星は地球だけということになります。では、なぜ地球にだけ水が存在するのでしょうか。それは、地球の位置、大きさ、太陽の光度など、多くの条件が微妙なバランスを取りながら、地上の温度が常に数十度に保たれてきたからです(地球の隣の火星や金星では、このバランスが崩れています)。
 初期の地球大気は、窒素や水蒸気とともに、炭酸ガスやアンモニアなど、今日の動物にとっては有害な、いわば毒ガスから成り立っていました。酸素がなかったために、初めに現れた生命体は、酸素を必要としない生物、すなわち植物でした。植物は、太陽光線(のエネルギー)を利用して、炭酸ガスと水から成長に必要な物質(ブドウ糖)を作ります。この炭素同化作用において、吸収した炭酸ガスとほぼ同量の酸素が放出されます。初期の大気に含まれていた炭酸ガスが減少し、酸素が蓄積されたのは、植物のおかげです。こうして、今から8億年前には、ほぼ現在に近い量の酸素(23%)が存在するようになりました。ここで初めて、エネルギー生産効率の高い酸素を利用した動物が現れ、5億年前には海中で魚たちの飛躍的な進化が起こります。今から500万年ほど前、生物進化の最終段階に、人類の祖先が誕生し急速に知性を発展させます
 動物は植物が廃棄した酸素を吸収し炭酸ガスを放出しますが、その炭酸ガスを植物が吸収します。植物と動物は、たがいに相手の廃棄物を資源として共生しているのです。植物・動物とともに、忘れてはならないのが菌類です。植物は太陽エネルギーによって成長し、それを動物が食べて成長します。死んだ動物は細菌によって分解され、再び植物の栄養となります。このような状況から、植物=生産者、動物=消費者、菌類=分解者という対応がなされてきましたが、近年、動物に栄養の運搬者という積極的な役割を与えるという考えも提案されています(たとえば、サケは海の栄養を山の上に運び上げております)。いずれにせよ三者の間は、物質の吸収と廃棄を通して密接にかかわっており、この循環ルートのどこかに支障が起これば、地球の生体システムは破綻を起こすことになります。

4 なぜ地球には生命が存続するのか
 地球上に生物が存続するための基本的なしくみを、宇宙論的視点から探ってみましょう。
 まず、わが太陽系が宇宙開びゃく95億年たったところで誕生し、それまでに作られていた重い元素が地球に取り込まれたことがあげられます。重元素なしでは、生体を作ることはできません。
 つぎに、地球のまわりに目を向けると、地球誕生の過程において、生命活動を持続するための、多くの基本的なしくみが存在していることがわかります。
 植物は太陽光線を受け取り、光合成において熱エネルギー(赤外線)を発生します。植物にとって太陽光線は生命維持に必要な資源であり、熱エネルギーは廃棄物です。動物がものを食べたり運動するときにも熱が発生しますが、これも廃棄しなければなりません。この廃棄物をうまく取り除かないと、生物は焼け死んでしまうことになります。生命維持のためには、必要な栄養を取り入れるばかりでなく、物質と熱(エネルギー)の廃棄のルートが確保されていることが肝心です。
 廃棄物としての熱エネルギーを取り除くために,非常に効率の良い物質は水です。水は液体から気体(水蒸気)になるときに大量の熱(蒸発熱)を奪うからです。わずか1グラムの水でも、それが蒸発するとき540キロカロリーもの熱を奪います。これは、0度の水を100度まで温める熱の5倍以上に相当します。ぬれた体に風が当たると涼しく感じるのは、水が蒸発して熱を奪っているかです。また運動すると喉が乾くのは、水によって体熱が奪われることを体が知っているからです。
 熱は生命の維持ばかりでなく、人間の生産活動でも発生します。火力発電は、石油を燃やして高熱の水蒸気を作りそれでタービンを回し電力を発生させますが、そのまわりには大量の熱が放出されています。それを取り除くためには大量の水が必要です。そればかりか、太陽光線を受けて暖まった地面や海面などからもたえず水が蒸発して、地球が(金星のように)熱化することをくい止めているのです。水の惑星、地球が、液体の水を保持していることの重要性がわかります。
 ところで、生命活動、太陽光線の照射、人間の生産活動などから放出される大量の熱が水の蒸発によって除去されるのですが、そのままでは、やがて水はすべて蒸発して地球は枯れ上がってしまいます。ここでも地球は多くの幸運に守られ、その結果、定常的な水の循環が可能になりました。まず、上昇した水蒸気が地球から逃げだせないのは、地球の重力のおかげです。もし地球が月のように軽ければ、水蒸気は(重力が弱いために)宇宙空間に散逸してしまうでしょうし、逆に、地球がもう少し重ければ水は高く昇れないので、冷えて雨なることができません。地球が10%ほど太陽に近ければ地球は金星(表面温度は約470度)のように熱化したでしょうし、10%ほど太陽から遠くにあれば、火星のように凍てついた星になっていたでしょう。宇宙開闢95億年たったとき、この規模の太陽が生成し、ちょうどこの位置に、この大きさの星が誕生した------それが地球だったのです。そして、このような地球の天文学的な状況と水に備わった特異な性質が、奇跡的な協力関係を通して地上における生命の誕生を可能にしたのです。


5 循環、多様性、共生
 地球の天文学的な位置付けから、水循環の重要性を見てきました。この大きなスケールの循環ルートによって、質の高い太陽エネルギーを取り込み、それを地球上のさまざまな活動に利用しつつ、残った質の悪いエネルギー(熱)を宇宙空間に捨てる、という仕組みが安定に働くことになります。ありがたいことに宇宙は、すくなくとも熱----物質ではないことに注意----のゴミ捨て場としては無限の収容力をもっています。地上のごみ処理場のような制約は一切ありません。
 さてこの地球と宇宙空間にまたがる大きな循環ルートのなかには、さまざまな中規模、小規模の循環ルートが包含されています。たとえば、人間は食物と酸素を取り入れ、炭酸ガス、排泄物、熱を放出します。その炭酸ガスは植物に吸収され、排泄物は(一昔前ならば)直接植物の肥料になりました。このとき重要なことは、熱は宇宙空間に運び出せても、水以外の物質は地球上で循環のルートを確保しなければならない、ということです。産業活動から放出された炭酸ガスも、植物に吸収されたり雨によって海や土壌に吸収されていれば問題はないのですが、それを越えると循環のルートから外れたガスが大気中に停留し地球温暖化を引き起こすことになります。水が化学物質で汚染されると、生命維持という水本来の役割が損なわれ、逆に生命の危機をもたらす危険な存在になります。
 循環ルートを確保するためには、生物の多様性と共生が重要になります。昆虫は、卵、幼虫、さなぎ、成虫というサイクルで生存していますが、それぞれの発達段階では、生活様式が非常に違っており、自然界に多様な環境が用意されていない限りサイクルは途切れてしまいます。そして、そのような多様な自然の中で、それぞれの昆虫は、自分に適した環境を見つけ出し共生しています。戦争の絶えたことのない人間社会を見ていると、共生を忘れた生物は人間だけであるという感を強くします。

6 われわれはどこへ行くのか
 20世紀は科学技術の世紀といわれます。科学技術は生活の利便性を格段に向上させましたが、その反面、大量生産、大量消費、大量廃棄というこれまでに人類が経験したことのない現象を生み出しました。このことによって、地球が40億年という長い歳月をかけて築き上げてきた物質やエネルギー(熱)の循環ルートは、大きく破壊されつつあります。
 ここで物理学者として一言つけ加えたいことは、科学と技術とは別物であり、それがあたかも一体化したような「科学技術」という概念はありえないということです。英語では、「science and technology(科学と技術)」といって、両者をはっきり区別しています。科学が知的関心から生まれたのに対して、技術は人間生活を便利にするために発達したものです。
 もっぱら物質的な豊かさを追い求めてきた20世紀。化石燃料などの資源を大量に人間社会へ導入しながら、その廃棄の道筋にまったく無頓着であった20世紀(その典型は、原子力発電における放射線廃棄物の処理です)。自然を人類の支配下に置きつつ、生物間の多様な循環ルートを切断してしまった20世紀。その結果、日常生活の中に予期せぬ公害を発生させ、多かれ少なかれ、だれもが、不可避的に被害者になるという事態を招くことになりました。そればかりではありません。このような物質優先の社会では、人間疎外を初めとする精神面での欠陥が露呈されはじめ、幼児の虐待のような非人道的な犯罪を引き起こしています。本来人間は、人間と自然、あるいは人間どうしの間に張り巡らされている循環のネットワークの中でしか存続することはできないのです。
 今、我々のまわりに目を向けると、化学物質(フロンガス)の利用によるオゾンホールの発生(紫外線の増加)、ごみの大量投棄による空気・水・土壌の汚染、拡大する砂漠化、炭酸ガスの大量発生による温暖化、乱開発による生物多様化の喪失、人口爆発による食料危機など、どれ一つをとっても、人類の未来に深刻な影響を与え、人類の消滅につながるものばかりです。ある統計によれば、世界のすべての人間がアメリカ並の食生活をすれば、100年ほどで食料危機が到来するという推定があります。また、20世紀後半の50年間でエネルギー資源(石油、石炭、原子力、天然ガス、水力)の使用量は、15倍にも増大しています。この割合でエネルギーの消費が進めば、資源が枯渇する日もそう遠くはないでしょう。
 すでに、このことに気がつきはじめた人間は、世界各地でさまざまな取り組みを開始しております。しかし、それらの対策を見ていると、物質的な欲望の追求という20世紀型思考から抜け出ていないように思われます(それは、経済成長に一喜一憂したり、発展国が途上国に進出し20世紀型科学技術を押し付けたり、さまざまな公害による被害が年々増え続けていることなどを見れば明らかでしょう)。

7 人間は何をすべきか
 物質的欲望を享受することに慣れきった人間に、今すぐそれを捨てて昔の生活に戻れということはできないでしょう。個々の課題についての具体的な対策はさておき、ここでは、21世紀における真の循環社会を取り戻すための大局的な視点として、3つの提言をしたいと思います。

1 トータルな世界観
 技術の基礎となる科学は、分析的な思考、一元的な価値観、客観的な評価という特徴を持っています。そもそも科学は、個々の現象を一つずつ分析的に探究する学問です。例えば、大気、地殻、海洋、さまざまな生物や植物などについての多くの学問分野があって、それぞれの研究対象については深い理解を可能にしてきました。しかし、地球のあり方そのものについての包括的な研究は著しく立ち遅れており、そのことが20世紀物質文明の病根を発生させることになりました。これからは、総合的な思考、多次元的な価値観、主体的な問題の把握が望まれます。人間は宇宙140億年の産物であることを忘れず、トータルな世界観に根ざした新しい文化の創成が求められます。

2 節度ある成長
  技術文明は、その発展のスピードがあまりにも急速であるために、地上の生態系はそれに追従することができません。ここでもう一度、これまでの物質的な欲望文明のあり方を反省し、あらゆるものが共生できる節度ある成長への回帰を真剣に検討する必要があります。永久のエネルギー源としての太陽光エネルギーの利用、植物との共生による農業を基礎としたゆっくりした成長と、そこに真の幸せを感知する生活文化を作って行くことが大切だと思います。トータルナ世界観、節度ある成長とは、「言うは易く行なうは難し」です。それは一朝一夕に達成できるものではありませんが、だからといって、そのままにしておいたのでは、人類存続の危機が加速されることもまちがいありません。

3 「身体知」の育成
 20世紀は情報社会ともいわれますが、溢れる情報に埋没し精神的に疲労した人間が増えつづけています。情報社会では、大量の断片的な情報を詰め込んだ「頭脳知」を発展させることはできても、世界のトータルなあり方を思考することはきわめて困難といわざるをえません。今求められているのは、肉体を動かし、視角、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という人間のあらゆる感覚を動員して「身体知」を身につけることではないでしょうか。帰宅した子供たちは外に出ることはなく、テレビやパソコンに釘付けになり、非現実的なゲームに明け暮れています。未来を支える子供たちを自然の中に連れ出し、草木、昆虫、魚などの生態とそれらが共生しているありさまを実感させ、生命の真髄に触れさせる必要があると思います。

  20世紀技術文明の恩恵に浴し物質的欲望を享受してきた私たち(熟年者)が、そのつけだけを次世代に残すことは許されません。20世紀の光と影を体験してきた私たちこそ、これまでの文明のあり方を真摯に反省しつつ、豊かな人間精神の実現にむけて、真・善・美を基礎とする新しい文化創造の役割を担うべきではないでしょうか。
  
                                                     以 上

                                

                                                広瀬 立成氏

 1967年東京工業大学大学院理学研究科博士過程終了。東京大学原子核研究所を経て、1971年東京都立大学に移り、1972〜75年、ハイデルベルク大学高エネルギー研究所に上級研究員として招聘される。
 後、東京都立大学理学研究科教授。2002年度より、同大名誉教授。
 現在早稲田大学・理工学総合研究センター教授。   理博。
 日本原子力研究所嘱託、国際諮問委員会委員。

 東京都環境研究所運営委員会委員、小山田環境対策連絡協議会代表をつとめ、地球環境の諸課題につき講演活動を行う。
 将来の大型加速器(全長30km)の開発研究を進めつつ、ブルックヘブン国立研究所との国際共同研究のリーダーを勤め、高エネルギー光発生の先端技術を開発する。
 ミクロの物質構造や宇宙論など現代物理学についての啓蒙活動を進め、『マンガ超ひも理論』『真空とは何だろう』など、多数の解説書を著す。
 
 趣味は、ダイビング、カヤック、スキー、登山、日本舞踊。ナチュラリストの会「SMART」会長として、春夏秋冬のアウトドアスポーツを楽しむ。空手2段。            (一度クリックして覗いて下さい)       

  <主要著書>

    「超老人のすすめ:物理学者が見つけた元気の秘密」PHP研究所 
    「マンガ・超ひも理論」PHP研究所                    
    「入門・超ひも理論」PHP研究所
    「超ひも理論と影の世界」講談社ブルーバックス
    「真空とは何だろう」講談社ブルーバックス
    「質量の起源」講談社ブルーバックス
    「現代物理への招待:宇宙・物質・生命の起原を探る」培風館
    「宇宙150億年の旅」日本評論社

▶当たり前の日常という奇跡 ――横浜大空襲の記憶をたどって

  ▶当たり前の日常という奇跡 ――横浜大空襲の記憶をたどって 5月30日、私は「横浜大空襲と戦後直後のお話を聞く会」という講演をお聴きしました。 1945年5月29日から30日にかけて行われた横浜大空襲では、約4,000人もの尊い命が失われたといいます。何の罪もない市民が一夜に...